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2026.08.29
スタッフブログ
桐原新橋の銅像
いつも守山モデルハウスへ行く途中、篠原の日野川に差し掛かると、橋(桐原新橋)の両脇に銅像が立っているのが気になっていました。
武将の像ではありましたが、歴史に少し興味がありまして初めて堤防に車を止めて見てみました。
今年はNHKの大河ドラマでは「豊臣兄弟」が放映中ですが、像は秀吉の甥、豊臣秀次像です。安土桃山時代に近江八幡城主となり一度は関白に命じられ天下人となり、楽市楽座や八幡堀の活用、各地から有力な商人を集め、商いを発展させました。
秀次は秀吉の姉ともの子でしたが、秀吉に秀頼という実子ができ邪魔となり、殺生関白といわれ悪行非道の謀反の汚名を着せられ切腹いたしました。
銅像は水争い裁きの像と命名されていました。
生活用水をはじめとして日野川の恵みに依存していた下流の集落(江頭、十王、小田町)と上流域の蒲生郡桐原(池田、中小森町等7カ村)が渇水による水争いが起こり流血の争いとなったとき八幡城主だった、秀次が現地を視察し双方が納得できる裁定を下したそうです。
像はこうした秀次の功績を顕彰する目的で、新田園都市構想と農道整備促進協議会により建てられたそうです。

